A.B.C.D.Eの5人の名刺が、1枚ずつ別々の封筒に入れてある。この5人が、それぞれ別々の封筒を1つ選ぶとき、5人とも他の人の名刺が入った封筒を選ぶ場合の数を求めよ。[改 北里大]

 以前、私が担当していた生徒は予習でこう解きました。

 これは不正解です(なぜ間違いなのかについては→「彼はなぜ間違えたのか。」)。これに対する一般的な指導としては、まず間違いであることを伝え、正しい解き方を説明すると思います。

 上の板書に加え、口頭での説明があれば、ほとんど生徒は理解できるでしょう。ですが、ここに重大な問題が潜んでいます。「理解はできても、本当にできるようになったのか」という問題です。もう少し具体的に説明します。この手の問題は、最初に見たとき、C(組み合わせ)などを使って計算で解くのか、具体的に書き出して解くのか、という選択に迫られます。彼は迷うことなく、前者を選び失敗しました(前者の方法でも解けないことはないのですが、かなりややこしいです)。もちろん、計算で解く問題もあります。ここで、彼に板書を示しながら、「これは具体的に書き出して解くんだよ」と伝えたところで、その後の新しい問題に対して、どちらの方法で解いていいのか彼にはわからないでしょう。実際、彼はこの問題を解くまでに学校で両タイプの問題を扱ったことがあるはずです。しかし、解けなかった。「慣れの問題だから量をこなせばわかるようになるのでは」と思われる方もいるかもしれません。しかし、いくら量をこなしても、その判断基準が自分の中にない限り、確実に正解することはできません。

 では、私ならどう指導するか? 生徒の性格や学力によってアプローチは変わってきますが、上のような板書はしません。最初から「具体的に書き出しなさい」とも伝えません。「P(順列)とかC(組み合わせ)とかを使わずに、計算も用いずに、自分なりに答えを出してごらん」と伝えます。「この問題は小学生の頃のあなたでも解けると思うよ」と言うかもしれません。当然、生徒は戸惑うでしょう。それでも考えてもらいます。それで解ける生徒もいます(集団授業ではこの時点で解けていない生徒にも解説を行ってしまいます)。答えの出ない生徒には、解答の「44通り」という数字を伝え、「たった44通りなのだから具体的に調べてみては?」とアドバイスします。生徒はしぶしぶ手を動かし始めるでしょう(『44通りって結構あるのでは…』と思いながら)。生徒が上の板書のような表を書けたとき(11通りまで書けたとき)、「これを繰り返すのはしんどいね。ここから頭を使って正解にたどりつく方法はないかな?」と伝えて考えてもらいます。初心者にはかなり大変かもしれませんが、それでもやっと答えが出れば、身を持って「対称性(板書の×4の部分)」を実感できたことになります。対称性も指導者がサラッと説明しただけでは、生徒の頭に定着することはありません。その後も、新しい問題に出会うたびに非効率な解き方をするでしょう。解き終えた生徒には、「場合の数・確率」を解く際に一番大切な基準を示します。それは、「まずは、どんな問題でも具体的に書き出そうする。それで、『全部を書き出すのは大変だ』と思ったら、そこからPやCを使うことを考える。ただし、決してPやCに振り回されないこと。使うときも、具体的に考えるということは絶対に忘れてはいけない」ということです。それが定着できているかは、その後の生徒の予習で確認します。この私の指導に対して、「最初に解き方を示すのと変わらないのでは?」と思う方もいるかもしれません。全然違います。この指導では、解けない生徒が解けるようになるための過程が詰まっています。頭を悩まして苦労することで、問題に対するアプローチの仕方が頭の中にじわりと染み込みます。少々時間はかかりますが、その後のことを考えると、この指導の方がかえって効率が良いのです。最初の彼の答案を見てください。このような間違いを繰り返す方が非効率であると思いませんか?

ちなみにこの彼は、兵庫県で有数の男子進学校に通っていました。半年の受講で、河合塾プライムステージ模試で校内偏差値を21上昇させました。