かなり前の話ですが、私はある生徒を指導するうえで大きな失敗を犯しました。
その生徒は高3から受講を開始しました。志望は京都大学工学部でした。そのときの数学の偏差値は河合全統レベルで50台前半。英語は少しましで偏差値50台後半、理科2教科は数学と同じぐらいでした。
「どうしても志望校に現役で合格したい」「合格するためなら何だってやる」と話してくれたので、基礎レベルの問題を1ヵ月で終了し、標準レベルの問題をスキップして難関レベルの問題に入りました。
予習の結果は散々で、ほとんどの問題が解けていませんでした。京大だけではなく難関レベルの問題の8割は、一見難しそうに見えますが、実のところ教科書レベルの解法の組み合わせでできています。粘り強く考えれば予習で課された問題の何割かは解けるはずでした。しかし、その生徒は問題を見て、ほとんど無意識に諦めているようでした。「難問レベルの問題を辞めて、より簡単な標準レベルの問題を解こうか?」と、メリットデメリットを提示して尋ねると、必ず「次からは頑張るのでそのままやらせてください」と返してきました。予習で解けない問題も、私が授業で説明すると一定以上の理解はしてくれていました。「完璧な理解のためには入念な復習を行う」というスタンスで進めていきました。
その生徒の予習の質はなかなか上がりませんでした。授業の翌週に復習テストをすると合格できるのですが、時間をあけて抜き打ちでテストすると、正解率が著しく下がってしまいました。
11月にその生徒は志望校を変更しました。京都大学よりも偏差値が低い、合格しやすい学校でした。しかし、結果は不合格でした。得点開示の結果も、数学は散々なものでした。他教科も合格点に届いているものは1つもありませんでした。
受験勉強において「難問は易問を兼ねる」という考え方があります。難しい問題で学習していれば易しい問題は自然と解けるようになるという考え方です。当時私もその考え方に基づいてその生徒を指導していました。「本人がどうしても現役で京大に合格したいと言うのなら、残された時間を考えると標準レベルの問題をとばすしかない」と覚悟していました。これが失敗でした。その結果、標準レベルの問題が取れないばかりか、基礎レベルの問題さえ取りこぼしていました。仮に最初からその学校を目指して、基礎~標準レベルの問題をみっちり扱っていたなら、合格最低点は取れていたかもしれません。
数学を上達させるためには、主に2つの要素が必要です。1つは数学的知識。もう1つは思考力です。前者は根性さえあれば短期間で身につけることができます。しかし、後者を伸ばすためには段階が必要です。「わかるかわからないか」のスレスレのラインを狙って問題を選び、それがクリアーできたら少しずつラインを上げることを繰り返すことで徐々に伸びていきます。毎週、予習でまったくわからない問題をこちらがいくらわかりやすく解説して見せても、思考力は伸びません。彼の得点開示の結果を見たとき私は、「標準レベルの問題が解けるためには基礎レベルの問題が解けるようになっていないといけない」「難問が解けるためには標準レベルの問題が解けるようになっていないといけない」という当たり前のことを身に染みて実感しました。指導者として甘かった。その生徒には今でも申し訳なく思っています(結局、一浪の末、高3の11月に決めた志望校に合格してくれました)。二度と同じ失敗を繰り返さないよう、それ以降、私はそのような指導は行っていません。1年間で20程度は偏差値を上昇させる生徒も少なからずいますが、生徒それぞれの能力に合わせて私が作成したカリキュラムを確実に消化してもらったからこその結果です。どこかの段階を無理にスキップするので
はなく、必要な段階はすべて踏まえてもらっています。
長く在籍している生徒に対しては本番で9割以上を目指して指導しています。なるべく時間的に余裕のある段階で指導を開始した方が、生徒の心理的、肉体的負担を考えても望ましく、第1志望に合格する可能性もぐっと上がります。