以下はベクトルの問題ですが、ベクトルがまったくわからない人でも理解できる内容です。数学を学ぶ上で非常に大切なことを書きました。ぜひ読んでいただければと思います。

△ABCの重心をGとし、\(\overrightarrow{AB}\)=\(\vec{a}\),\(\overrightarrow{BC}\)=\(\vec{c}\)とする。BP:PA=2:3となる点Pを辺AB上にとり,直線PGと直線BCが交わる点をQとするとき,\(\overrightarrow{BQ}\)を\(\vec{c}\)を用いて表せ。[佐賀大学]

正解は「2\(\vec{c}\)」です。

解答を「\(\frac{1}{2}\)\(\vec{c}\)」として間違えた生徒がいたとします。今回は、その生徒に対して私はどのような捉え方をするのかを書いていきます。

計算ミスで「\(\frac{1}{2}\)\(\vec{c}\)」としたとしても、この場合は計算ミス自体をピックアップして注意することはありません。上級者でも計算ミスを犯すことはあります。しかし、上級者は仮に計算で「\(\frac{1}{2}\)\(\vec{c}\)」という答えが出ても、その間違いに気づき修正できます。では、なぜ気づくことができるのでしょうか。

図を描いてみます。

いかがでしょうか。少々雑な図であっても、\(\overrightarrow{BQ}\)が\(\vec{c}\)よりも長いことがわかりますね。これを間違える生徒はいないはずです。上級者はこれを見て(あるいは頭で想像して)「\(\overrightarrow{BQ}\)=\(\frac{1}{2}\)\(\vec{c}\)」が間違いであることに気づくのです。その後、自身の計算ミスを探し出し、正解を導き出します。

それでは逆に、なぜその生徒はこんなかんたんなことに気づかないのでしょうか。「やる気がない」とか「集中できていない」など、いくつかの原因が考えられますが、ある程度まじめに取り組んでいてもこういったことに気づかない生徒に焦点を当てて、その原因について書いていきたいと思います。

例えば以下のような会話があったとします。                                     

Aくん「君のおじいちゃん、いくつになったの?」

Bくん「500歳」 

Aくん「おじいちゃん、長生きだね」

Aくん「君のお兄さん、背が高いらしいね。どれぐらい?」 

Bくん「3m50㎝」 

Aくん「お兄さん、背が高いね」

Aくん「君と出会って何年経った?」 

Bくん「-3年」 

A「そうか、それぐらいになるのか」

「大丈夫か、Aくん!」と言いたくなる場面です(いつも極端な例で申し訳ありません…)。これに対し「そんな奴おらんで」と思われる方もいるかもしれません。現実に照らし合わせると、500歳という年齢が常識的にあり得ないことはすぐにわかるからです。しかし、私は、先ほどのベクトルの答えを「\(\overrightarrow{BQ}\)=\(\frac{1}{2}\)\(\vec{c}\)」とした生徒も本質的には同じであると感じます。図を描いたり頭の中で想像したりしながら現実に照らし合わせば、その答えは明らかに「あり得ない」のです。

数学の問題を、ある種「仮想世界での抽象的なできごと」として捉えている生徒が非常に多いと思います。そういう生徒は、「表面的に」「形式的に」「頭の先っぽで」数学の問題を解いています。確かに数学にはそのような側面もありますが、一般的に考えられている以上に「現実的」「具体的」です。数学が大好きで得意な生徒はそのことを知っています。だから、抽象的でどこから手をつければいいのかわからないような難問でも、まずは自身の現実世界に引き込み、具体的に考え、解法の糸口を探し出せます。それを行っている生徒とそうでない生徒とは、外から見ると同じように鉛筆を動かしているようでも、実は頭の中はまったく異なっているのです。

私の授業では予習答案をすべて添削します。上のような誤答を見かけることも少なくありません。そのときは生徒の意識を変える大チャンスです。同じような失敗を繰り返す生徒もいます。しかし、そのたびに指摘することで、確実に意識は変わってきます。それにつれて数学との距離も縮まってきます。楽しくなってきます。結果、成績が上がります。

こういった指導は、集団授業や予習を前提としていない個別指導では難しいはずです。もともと地頭のいい生徒だけが自身で気づき、伸びていくのだと思います。